旅の思い出

茉莉子さんからいただいたお題、二つめ。

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旅の思い出

 

旅が苦手な両親のもとで育った。同居の三世代で泊まりがけで出かけたことはなかったと思う。親ときょうだいに限っても、県内近場で数回。県外の叔父の家に数回…は日帰りだったはずだ。

とにかく父が、家で母の手料理を食べないと生きていけないのでは、というような人なのだ。どんなに遅い時間になっても家に帰りたがる(実際には出張や社員旅行で、一番家を空けていたのは父である)。

 

そんな家に育って、旅が得意になるはずもなかった。旅には憧ればかりで、ほとんど思い出などないな、と思っていたのだが、ほかのお題のために本棚を見てふと思い出したことがある。

 

大学を卒業間近の3月だった。すでに実家に居を移していたが、必要があり東京に出ることになった。今後いつ上京することがあるかわからない。学生最後の機会、せっかくだからどこかへ出かけるべきではないか。思いつきだけで東北新幹線に乗り、仙台へ向かった。東京での用事を済ませバスで実家に帰ったら、その翌日には就職先の顔合わせがあるにも関わらず。若さゆえと言ってよいのか、今なら体力が枯渇するのは明白だ。

青葉山公園伊達政宗公の像を拝んだころから雲行きが怪しくなり、大粒の雪がちらついた。ここは東北、雪への備えはあるはずだが、もしこの雪が東京まで影響を及ぼしたら、新幹線は止まり顔合わせへの出席はできないかもしれない。一抹の不安を抱きつつ、まだ日のあるような時間に宿へ引き上げる。途中、書店が見えてふらりと立ち寄った。

 

ところで、私の現在の書棚の運用方法は「複数回読むことが明らかな本以外は買わない」である。図書館のヘヴィーユーザーなのもあり、(一部実用書を除き)もう何度も読んでいる、または同じ著者の本をすでに読んでいてその1冊も何度も読み返すことがわかっている、そういう場合にしか本を買わない。そのころここまで明文化していたわけではなかったが、ほぼ同じように運用していた。

が、この仙台旅行のときに例外規定が生まれた。「ただし、旅先では初めての本を買ってもよい」

 

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左下、大崎梢『配達あかずきん』がこのときの本。その後ほかの著作も数冊読んだ。

 

翌日、新幹線は問題なく運行しており、携帯電話を車内に忘れて東京駅へ受け取りに行く、というおっちょこちょいに大わらわしつつ、無事に用事を済ませ実家に帰った。

 

それから、研修のための出張やライブ遠征のときなど、たまに本を買うようになった。上の写真はその一例である(『若草物語』は古本屋で買った)。毎回ではないし、それにまつわるエピソードもあるわけではない。ただこれだけの話だ。

素敵な旅の思い出ならほかの方が書いてくださるだろうから(もうすでに幾人も、このお題でなくとも旅を描かれていますね)、私の話は、旅の下手なやつもいるのだな、と笑い飛ばしてくれたらうれしい。

 

いつかそのうちと思いつつ、仙台再訪は叶っていない。私の中の仙台はまだ、春間近の重い雪のイメージだ。

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本当は、お題を挙げていただいたとき「書けるものと書けないもの、とてもひねくれた解釈をするもの」があると言ったうち、このお題は「書けないもの」のつもりだった。もしくは、「読書=旅」としてひねくれて書こうかと。それでも気にかけていると、ふと思いつくことがある。こういうのもおもしろいことだなと思う。機会をくださった茉莉子さんには感謝している。

世の中が落ち着いたら、今度こそ仙台へ行こう。