お守りのような1冊

今回も、企画のお題から。

#FFFFFF - 半分の引き出し

 

その前に、一つ。

ab0309.hatenablog.com

同じお題を書かれたこちらの記事を読んでいるうちに、『モモ』『はてしない物語』『魔法のカクテル』、それにジム・ボタン2冊が並んでいた中学校の図書室、請求記号943の棚の場所、差し込む光、図書当番を言い訳に部活をサボっている最中に聞こえてきたトランペットの音色、まで鮮やかに思い出されて、驚いてしまった。

吹奏楽部だったので、トランペットの音に覚えたのは罪悪感で、今となっては懐かしい。

それくらいはっきりとした手触りのある、素敵な文章でした。

 

お守りのような1冊

このお題に書く本はとっくに決まっていた。けれど、もう何年も読み返していないのにあげてしまっていいものか、逡巡してもいた。

ただ、お守りというのが持っていることで安心するもの、必要なときに力を発揮するものなのであれば、私にとってホームであるこの本こそがお守りだな、と書くことにした。これまでの人生で一番読んだ本には違いない。

 

ルーシー・モード・モンゴメリ赤毛のアン

www.shinchosha.co.jp

出会いは小学生のころだろう。きっと名作全集等で初めて読んだのだろうけれど、記憶にあるのは、いつも図書館で借り、ランドセルに2冊ずつ詰めて帰っては読んでいた松本侑子訳の完訳版だ。市立図書館で山本史郎訳の注釈版も読み込んでいた。この、一番スタンダードであろう村岡花子訳は、シリーズ10冊セットで小学4年生のときのクリスマスプレゼントだった。我が家にはサンタさんの訪問は一切なく、予算3,000円を超えたらお小遣いから出すことになっていた。単行本はさすがに一度には買えないと判断したのだけれど、当時の文庫本でも、10冊となると少しオーバーしてしまったのを覚えている。

私にとっては初めての、自分だけの本だった。きょうだいが多いので、共有の本はいろいろあったけれど、私専用の本は持ったことがなかった。数年後に当時父が「本ならいくらでも買ってやるのに」と言っていたと妹から聞いたけれど、父のことだからきっと、ほかのきょうだいと不公平にならないように、そんなことしなかっただろう。

その後数年かけて、クリスマスごとにモンゴメリの本を揃えた。篠崎書林のNew Montgomery Booksはもうほとんど手に入らないから、当時の私に感謝している。私の少数精鋭の本棚に複数あるのは、長い間、装丁違いに思わず買ってしまった『赤毛のアン』だけだったのだけれど、数年前に角川文庫でその何冊かが復刊されて増えてしまった。読みつぶしてもまた買えるという安心感はありがたい一方で、20年経ってぼろぼろになっていると愛着が強く、買い替えるのも難しい。

 

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状態が悪いのは私の扱いが悪いからです。栞で隠している本は特に。

 

小中学生のころ一番読んでいたのは『赤毛のアン』とそのシリーズだったけれど、高校・大学では『ストーリー・ガール』のシリーズに夢中だった。今だったら『青い城』だろうか。

何がおもしろいのかと聞かれて、他人に納得してもらえるほど確かな答えはできない。ただ、ただ、好きなのだ。たぶん、モンゴメリの憧れと私のそれが同じなのではないかと思う。凛として、しなやかで、誠実で、落ち着いた声で語るひとのことが、彼女もきっと好きだった。

 

子どものころ絶対だった親も、間違えることもあるのだなと大人になって気づくように、今となっては『赤毛のアン』の欠点も見えている。モンゴメリの最期のことなども知っている。それでもそれも含めて、私の帰る場所はここなのだと思うような本だ。

 

 

モンゴメリの色彩表現がとても好きなのだけれど、「光の加減で緑色にも灰色にも見える」というアンの目の色はどんな色だろうかと、昔から考えている。

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